
ヤビツ峠、足柄峠、ふじあざみライン…。サイクリストなら誰もが知り、一度はチャレンジしてみたい峠道をハシケンが、坂バカの名にかけて峠を実走する夏の峠チャレンジ企画「2日でいくつの有名な峠を登れるか!?」。
悪天候によりプラン変更を余儀なくされた初日の前編に続き、後編でもドラマ目白押し!?
2日目だけで7つの人気の峠にチャレンジした実録レポートをお届けしよう。

初日は午後から天気が崩れ、最後に予定していた富士スバルラインは翌朝に回すことになった。
当初のプランでは2日目は早朝6時30分から富士吉田の宿を出発し、クルマで移動して神奈川県の和田峠から始まる予定だった。

朝3時すぎに起床すると意外にも足はピンピンしている。10年前なら翌日には筋肉痛が来ていたところが、歳のせいか喜ばしきか悲しきかな、まだ筋肉痛には襲われていないようだ。ホテルの窓から外を眺めると、夜のうちに雨は上がり、月明かりに照らされた富士山がくっきりとその姿を見せていた。プラン変更は吉と出たと確信した。

夏季中、富士スバルラインは24時間営業だが、さすがに早朝4時30分からヒルクライムをする坂バカはいない。料金所のおじさんも「えっ」という感じで驚きを隠せない様子だ。路面は濡れているが、すでに富士山は朝日に照らされて美しく赤富士に染まっている。


10年以上前からMt.富士ヒルクライムレースには参加し、過去に何度走ったかわからない富士スバルラインをはじめて独り占めで登りだす。前日の疲労感は多少あるが、くじで大当たりを引いた時のような興奮のせいか足は不思議と動いてくれる。

兎にも角にも早朝のスバルラインは最高に気持ちがよい。途中で鹿が横切ったくらいで、あとは乗用車が2~3台通過した程度。背中から陽光を浴びながらペダルを漕いでいく。
富士スバルラインは距離こそ24kmあるが、勾配が緩めだから、淡々とサイクリング気分でヒルクライムを楽しむこともできる。




雲ひとつない美しい山容を楽しみつつ、一合目、二合目、三合目と距離看板を一つひとつ通過していく。終盤は、左手に雲海が広がり息を呑むモーニングヒルクライムを満喫。
スバルライン料金所をスタートしてから1時間23分。想像よりも良いペースで五合目駐車場へ到着。まだ朝6時過ぎだが、すでにものすごい達成感に包まれる自分がいるのだった。



過去一に素晴らしい富士スバルラインヒルクライムを終えて、ここからが当初の2日目のプランが始まる。河口湖ICから中央自動車道富士吉田線に乗り、東京方面へ移動し相模湖ICで降りて和田峠の麓を目指す。
神奈川と東京にまたがる和田峠は双方向ともヒルクライマーに人気だが、今回は神奈川側の藤野駅からの9.4kmのルートにチャレンジ。STRAVAアプリのコースプロフィールによれば、前半は緩やかな勾配で、中盤以降が急坂だ。じつは、和田峠の神奈川側を登るのは今回がはじめてで、「急勾配といってもせいぜい4kmほどか」と移動の車中からやや舐めてしまっていた。



そう、峠を舐めてはいけない。終盤、急峻な山肌に並ぶ集落あたりから、明らかに勾配が上がりだし、ペースがどうも上がらない。急勾配喚起の勾配標識も「10%」「12%」「14%」とガンガン数値が上がっていく。これは厳しい…。
爽快な早朝のスバルラインとは打って変わり、夏の日差しが厳しく、蒸し暑い過酷なヒルクライム。ゴールが随分と遠く感じるタフな和田峠になった。じつは、中盤でルートミスをしてしまい余計に登ってしまったことともダメージを増幅させた。しかも、分刻みのタイムスケジュールを組んでいる中で貴重な時間をロスしてしまい、メンタル的に焦りも…。
しかし、プランはあっても筋書きなしのチャレンジ企画にアクシデントはつきもの。それも含めて楽しめればチャレンジは成功なのだ。和田峠のゴール地点で、そう思えたかは定かではないが。


和田峠を後にして、神奈川から東京都へと入る。甲武トンネルを抜けて下った先は、都民の森として知られる都道最高地点へとつながる風張峠のスタート地点だ。
休む間もなく、再びクルマからバイクを降ろして、上川乗の交差点からスタートを切る。標高1146mの東京で一番高い道路までのゴール地点までは距離15.4km。今日一番のロングヒルクライムだ。和田峠での予想外のダメージのためか、急激な気温の上昇のためか、サイクルコンピューターに表示されるパワー(出力)が上がらない。まだこの後、埼玉の峠をいくつも残しているというのに、どうしたものか。

しばらく走ると風張峠への本格的な登坂がはじまる旧料金所ゲートが近づいてきた。とその時だった! 見覚えのあるサイクリストが。舞台俳優にしてサイクリストの芦田昌太郎さんが佇んでいる。相変わらず細身でスラッとしたクライマー体型。彼とは10年の付き合いだ。

じつは、今回のプランを立てている段階で、SNSで呟いていたところ一度連絡をもらっていた。もしかしたら一緒に走って応援するかもと話はあったが、まさか本当に駆けつけてくれるとは。風張峠は芦田さんにとって時間さえあれば通っているMy峠でもある。芦田さんのサプライズ登場により和田峠で受けた心身のダメージが吹っ飛ぶような気分で再スタート。



ここまでもサポートカーがあったとは言え、単独走行はメンタル的に削られるものがあった。芦田さんの後ろにつかせてもらうだけで、なんとラクなことか。久しぶりの会話を楽しみつつ、かつてよく一緒に走ったこともある風張峠を駆け上がっていく。

さて、この日は、気温30度を超える真夏日。東京のオアシスとも言われる奥多摩エリアだけあって、サイクリストはもちろん、オートバイやクルマで賑わいを見せていた。サイクリスト同士挨拶を交わしながら、走行にはちょっと注意しながら最高地点をめざすのだった。

峠は一人で走っても楽しめるが、仲間と走るとまた違った楽しみがある。あまり疲労を感じることなく風張峠をクリア。最高地点の駐車場には、続々とサイクリストたちが駆け上がってくる。ここでも、かつて同じヒルクライムレースを走っていた同年代のサイクリストから声をかけていただき、しばしのヒルクライム談義。お仲間もご紹介いただき、峠のピークでサイクリストの輪が広がり楽しいひとときを過ごすのだった。

2日目の超級山岳こと風張峠を終えて、ここからは1時間半ほどかけて埼玉の山奥へクルマで移動。飯能、秩父エリアはまるで峠が群生するかのように峠だらけ。その象徴的なルートが秩父山系の尾根を伝うように走っている奥武蔵グリーンラインだ。埼玉を代表する有名な峠のピークがいくつも奥武蔵グリーンラインにつながっている。
今回はこのうち山伏峠を起点に、国道299号をパスする正丸峠、そして奥武蔵グリーンラインの刈場坂峠へ出るルートをチョイス。まさに峠尽くしのルートだ。埼玉の峠にはロングセッションはないが、どれもパンチが効いている。ジャブのように身体が削られる。
とにかくこのルートをクリアすれば、あとはクライマーなら知らぬ人はいない白石峠のみだ。いよいよ二日間の峠の最終章の扉を開いた気分で、まずは距離4.4kmの山伏峠へ。

標高1000m以上あった風張峠に比べると、埼玉の峠の麓は暑さが堪えるが、ここは二人で交互にペースを作りながら、一つひとつの峠を丁寧にクリアしていく作戦で走り出した。山伏峠は遠い昔に登ったことがあったくらいで、ほとんど記憶になかったが、クルマの通り道になっているのか交通量が多い印象だ。

ピークにある山伏峠の標識で記念撮影をささっと終えると、ひと呼吸入れて次なる峠の正丸峠へ向けてペダルを漕ぎ出す。この辺りから、終わりが少しずつ見えてきたためか、メンタル的に回復でき、疲労困憊ながらにしっかり前を見据えて走れている自分がいた。一方で、芦田さんは風張峠で足を使ってしまったようで、どうもペースが上がらない様子。峠と峠の移動をクルマを使うと楽をできる反面、足の筋肉が固まりやすく動きが鈍くなってしまう感覚は、まさに昨日の自分を見ているかのようだ。応援に来てもらったのに、なぜかこちらがサポートする構図になってしまっているのは気のせいか!?
「あと峠3つだけですからがんばりましょう!」。
「3つだけ」というのがすでにおかしな表現であるが、芦田さんへの励ましの声は自分への励ましてもあり、ここまでくると正に根性で頑張るしかない。

奥村茶屋の看板が目印

正丸峠自体は、山伏峠と刈場坂峠のつなぎの峠なので、大した峠越えではない。そこから刈場坂峠までの5.5km区間がなかなかのマイナーな林道だった。風張峠のある奥多摩エリアだけでなく埼玉の峠にもトコトン詳しい芦田さんは、「刈場坂峠の名は有名だけど、僕もこの登りルートは登った記憶がない。みんな奥武蔵グリーンラインを走って刈場坂峠に出ているんだろうね」と、二人とも未知の林道へ迷い込んでしまった気分で、最後の力を振り絞る。



気づけば昼すぎまでギラギラしていた太陽も隠れ、暑い雲からパラパラと小雨が降り出していた。刈場坂峠のピークに到着した時にすでに16時を回っていた。それでも、峠の看板の背後に広がる県北部の山並みは美しく、ここまで自力で走ってきた甲斐を感じるのだった。

さて、峠をひたすら登ってきた2日間も、いよいよ最後の峠。多くのプロレーサーからアマチュアヒルクライマーたちが愛してやまない白石峠だ。荒川沿いを北上してアクセスもしやすいため、東京在住のサイクリストたちにも人気がある。
距離は6.4kmあり、近郊の峠の中では距離も勾配も走りごたえ十分。すでに疲労が蓄積した身体ではあるが、スタート直後から芦田さんがまさかの男引きで積極的に引いていく。頼もしい!


しかし、1kmほどするとペースがガクンと落ち出して自ずと先頭交代。顔を見やると、「もう無理です」って顔をしていたので、あえて声はかけず、そこからはそれぞれのペースでピークを目指すことにした。17時半を回り、少しずつ日が傾き出している中、差し込む夕陽が心地よく感じる。2日でここまで登坂だけで100km近く走り続け、獲得標高差は6000mを突破。疲労困憊の未体験ゾーンを走っているが、この刺激的でチャレンジングな企画をここまで無事に進められたことに安堵の気持ちが漂う。ゴールはまもなく。

白石峠のゴールまであと1kmを切り勾配が緩み出す。ギヤを一枚あげたつもりでラストスパートかけた。白石峠の標識がある峠のピークは、すでに日が落ちて1日の終わりが近づいている。ほどなくして芦田さんも無事にゴール。無言のグータッチを交わして、お互いの健闘を労ったのだった。

今回のチャレンジの最終到着地点だ
「2日でいくつの有名な峠を登れるか!?」をテーマにチャレンジした夏の特別企画。ロングレポートにお付き合いただき、ありがとうございました。越えた峠の数は10個(正丸峠から刈場坂峠の途中にある虚空蔵峠を含めると11個)。通算の獲得標高差は6300m超え。自転車人生で最も坂道を登った2日間になった。
自転車を楽しみ充実させるコツのひとつに、自分の限界に挑むようなチャレンジ企画がある。そして、サイクリストの多くは苦しい坂道や峠道を目指して走り続ける。この2日間で出会った同志たちは皆、それぞれのチャレンジを楽しんでいたに違いない。ヤビツ峠、足柄峠、ふじあざみライン、富士スバルライン、和田峠、風張峠、山伏峠、正丸峠、刈場坂峠、白石峠。どの峠もサイクリストなら一度は走ってみたい人気峠ばかりだ。ぜひ、この夏、自分自身の限界に挑むチャレンジ企画を計画してみてはいかがだろうか。そして、どこかの峠でお会いできることを願っている。
2日間で登った峠(坂道)
<ヤビツ峠>
距離11.5km
平均勾配5.5%
標高差643m
<足柄峠>
距離6.5km
平均勾配7.7%
標高差511m
<ふじあざみライン>
距離11.1km
平均勾配10.1%
標高差1118m
<富士スバルライン>
距離23.4km
平均勾配5.1%
標高差1200m
<和田峠>
距離7.0km
平均勾配5.0%
標高差370m
<風張峠>
距離15.4km
平均勾配4.7%
標高差781m
<山伏峠>
距離3.98km
平均勾配 7.0%
標高差 278m
<正丸峠>
距離 1.44km
平均勾配 4.8%
標高差 96m
<刈場坂峠>
距離 5.57km
平均勾配 7.8%
標高差 436m
<白石峠>
距離 6.43km
平均勾配 8.1%
標高差 521m
※上記の峠データはSTRAVAのセグメントデータ。レポート記事中の実際の峠データや走行データとは異なる場合があります。